「 肩 こ り 」 の 思 い 出


 「肩こり」というと、第一に、思い出す人物がいる。
 その人には、生前、随分とお世話になった。
 人生の岐路に立たされた時などには、その人によく相談をしたものだ。
 当時は、私が、まだ20代後半から30代前半の青年だった頃だ。
 その人は、普段は余り話をされない物静かな人物だった。
 その人に相談すると、自分の考えを押し付けるのではなく、私の立場になってくれてアドバイスをしてくれるのだ。
 だから、私も、その人のアドバイスを素直に聞けて、だんだんと私はその人を信頼するようになっていった。
 東京の礒谷療法所では、20年来のベテランの患者さんだったが、私が内弟子になってから、講習生として勉強に来られていたのだ。
 その人は、療法所が中野に移転する以前の、大塚に療法所があった頃からの古い患者さんだった。
 その人から、私が直接聞いた話をここでしよう。

 その人は、物心がついた頃から、ひどい肩こりに悩まされていたそうだ。
 結婚されてからも、奥さんに毎日のように肩を揉んでもらっていたようで、奥さんからは「私は、あなたの肩を揉むために結婚をしたようなものだ」と言われていたそうである。
 肩こりがひどくなると、仕事中でも、近くのあんまやマッサージの治療院へ駆け込んで、揉んでもらっていたそうである。
 そのような状態で、ずっと過ごされていて、ある時、知人からいい治療院があるからと言って紹介されたのが、当時は大塚にあった療法所だったそうである。
 ところが、治療法について、何の予備知識もないまま行かれたものだから、礒谷公良先生が治療してくれるといっても、脚だけしかやってくれないので、思わず、
 「先生、わしは足は悪くないのです。肩が悪いのです」
と言われたそうである。
 そうすると、礒谷先生は、
 「ああ、わかっとる、わかっとる」
と答えられたそうである。
 それで納得できるはずもなく、そのまま治療を受けられて、帰り道にある出来事が起こったというのである。
 それは、肩が非常に気持ち悪くなっていたということである。
 帰る途中で、肩が非常におかしく感じるようになっていたそうだ。
 肩に違和感をおぼえるようになっていたというのである。
 どうしてなのか?
 なぜなのか?
 そこで、ハタと気づかれたそうである。
 肩こりがなくなっていることに!
 物心がついてからというもの、肩こりがなかった日なんてなかったわけで、それが治療によって肩こりがなくなってしまったので、肩がおかしく感じていたというのである。
 つまり、肩こりの状態が慢性化していて、肩がこっている状態が当たり前なっていて、肩こりがないなんて状態をそれまでは経験したことがなかったのである。
 だから、肩こりがなくなっている状態を、非常におかしく感じ、自分の肩ではないような違和感をおぼえていたというのである。
 それからというもの、その人は、健康維持と管理をかねて、20年近くにわたって時々お世話になっていたということであった。

 当時、私は、その話をとても面白く聞かせていただいた。
 その人は、まだ小さな頃に、自転車ごと溝に落ちてしまう事故にあったことがあって、その事故で全身が動かなくなってしまったことがあるということも聞かせていただいた。
 それで、近くで柔道をやっていらっしゃる柔道家の先生にみてもらうことになって、その柔道の先生は、全身の関節がズレとると言われて、あっちこっちの関節をポキポキと整復してくれて、そしたら、何と、動けるようになったことがある経験を過去にしたというのである。
 だから、わしはこの治療法で股関節を矯正することで全身がよくなることが理解できると言われていた。
 確かに、多くの患者さんに接して、股関節を矯正することで、肩こりなどの上体の症状が改善されることを、なかなか理解できないようで、むしろ理解できる人のほうが極端に少ない。

 それから、もう1つ、その人からは、面白い話を聞かせていただいた。
 その人は、肩こりだけでなく、ひどい「冷え性」もあって、毎年9月になると、もうコタツをして寝ていたというのである。
 それが、治療を受け始めて、9月を過ぎてもコタツをしないで寝ていて、とうとう12月になって奥さんのほうが、
 「あなた、コタツをしなくてもいいの?」
と言い出したということである。
 それまで、本人は、冷え性が良くなっていて、コタツをしないでも眠ることができていたことに、まったく気がついていなかったと言うのだから、まるで嘘みたいな話だなあと思った。
 しかし、本人の人柄を知っている私は、その話を疑ったことはない。

 その人には、いろいろと本当にお世話になった。
 その人が亡くなられた時には、人生の師を失ったような気がして、当時は、まだまだ残されていた問題があり、これから先、どうやって人生の決断していったらいいのだろうと絶望に近い思いをした。
 自分も、その人みたいな人物になりたいと思いながらも、まだまだ、その思いは果たせていない。
 私にとっては、その人との思い出は、かけがえのない大切なものだ。


力学整体研究所